毎年お正月が来るたびに思い出すことがあります。それは10年以上前のことなのですが、ともかくその年の私はお正月にバイトをすることにしたのです。そしてアルバイト情報誌を片っ端から読みあさり「とにかく楽しそうで割りの良い」といういささか虫のいいバイトを探していました。
すると・・・ありました!
「楽しい仲間とわいわい働いてみませんか?日給1万円!」
おお?これは良さそうだ!3日間だし、やってみるかっ!
私は早速、情報誌に載せられている電話番号に電話をかけました。すると感じの良い男の人が出て仕事の説明をしてくれました。彼の説明によると、初詣の関係の仕事ということでした。私は自分の名前と連絡先を告げ、集合時刻と集合場所を聞いて電話を切りました。集合時刻は12月31日の夜の9時、集合場所は神社の前でした。初詣の仕事かあ、なんか楽しそうだなと私は少しワクワクした気持ちになりました。
その日お正月のバイトのことを当時付き合っていた彼氏(現在の夫)に話すと「それはテキ屋だよ!テキ屋のバイトに違いない!」と言いました。「テキ屋・・・。」当時私と夫は「代紋TAKE2(エンブレム テイク ツー)※」というマンガを読んだばかりだったので、「テキ屋=極道=血で血を洗う抗争」という怖い図式が頭に浮かびました。「遅刻とかしたらきっと怖いぞ!」という彼氏(夫)の脅しにより私のワクワクは恐怖へと変わりました。
※『代紋TAKE2』(エンブレム テイク ツー)は、1990年2月19日から2004年8月30日発売号まで講談社の漫画週刊誌『週刊ヤングマガジン』に連載されていたSFヤクザ漫画。原作木内一雅、作画渡辺潤。2005年4月30日に61、62巻を同時に発売し完結した。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
そして大晦日を迎え、夜9時に私は神社へ向かいました。神社の前は初詣客を相手にする屋台がその準備をはじめていました。私のほかに3,4人同じように待っている人がいて「ああ、きっとこの人たちもそうだな」と思いました。そして約束の時間になると年配の少し小柄な男性が私達のほうにやってきました。「おお!おつかれさん!よう来てくれたね!」喋り方からこの人が電話の男性だと分かり少しホッとしました。彼は私達バイトを連れて屋台がずらりと並ぶ参拝道を歩きました。彼は歩きながら屋台の人たちに声をかけるのですが、彼の話し方と屋台の人たちの受け答えからどうやら彼はかなり偉い人であることが分かりました。
偉い人=組長
く、組長でしたか!私の体に一気に緊張感が走りました。やがて屋台が2つ3つ軒を連ねる一角に着き、組長は「アンタはここ、アンタはここね。」と早口で人員を割り振り、「頑張ってねえ。」と笑顔で消えていきました。
私が配属された屋台ではスキンヘッドで体格のいい、眉毛のない男性が待っていました。彼の胸元には金のネックレスが光っていました。
「こ、怖い・・・!」でもそれを顔に出すわけには行きません。「よろしくお願いしますっ!」私は深々と頭を下げて屋台の中に入りました。屋台は「タイ焼き」で仕事の内容は「男性がタイ焼きを焼いて、私がそれを箱に詰めて販売する」というものでした。
夜の神社に参拝客が集まり始めました。私は男性が焼いたタイ焼きを5個ずつ箱に詰めて並べ始めました。すると突然男性が、
「オイ!姉ちゃん!」
「ひっ・・、は、はいっ!」
「ここになあ、箱に名前が書いてあるやろ?
これを客の方に向けんとイカン!」
箱を良く見ると箱の片側に○○堂と書いてあります。そうか、これが組の名前なんだな。確かに組の名前ならばケツを向ける訳には行かないな!
「すみませんでしたあっ!!」
私は90度の角度で頭を下げました。
「ああ、まあこれから気をつけてくれりゃええよ・・・。」
男性は私の謝罪にやや面食らったように答えました。
やがて時刻は12時に近づき神社は参拝の人でにぎわってきました。
私は箱の向きに細心の注意を払いながら、大声で叫びました。
「いらっしゃいませー!」
「焼きたてのタイ焼きはいかがですかー?」
先ほどの失敗の穴埋めをするかのように私は満面の笑みで
呼び込みをはじめました。その途端・・・
「オイ!姉ちゃん!」
「はっ、はい?」
「あのなあ・・・。そんなに元気よう叫んだらイカンのよ。」
「えっ!?そ、そうなんですか?」
「それとなあ、客と目え合わせるのもイカンのよ。ちょい見といてよ。」
男性はタイ焼き機をひっくり返しながら呼び込みをはじめました。
「・・・しゃいせー。・・らっしゃいせー。」
男性は客と全く目を合わせることなく、ややだるそうな感じで
誰に言うともなくつぶやきました。
私は今まで私が考えていた接客業の基本というものの対極を行くこの接客スタイルに驚きを隠すことが出来ませんでしたが、考えてみれば元気いっぱいのさわやかなテキ屋さんというのも少し変な感じがしますし、今までお祭りなどで見た屋台は確かにこんな感じだったような気もします。
と、納得したところで早速私もこのスタイルを取り入れることにしました。
視線は前方斜め下、ややぶっきらぼうなやる気のない感じで、
「・・・しゃいせー。・・・やきたてでーす・・・。」
「おっ!そうよ。そんな感じでな!」
こ、これでいいのだ!?
男性にほめられてやる気の出た私は、ますますやる気のない態度で
「・・・らっしゃいせー・・・。」
と呼び込みを続けました。そして、そうこうしているうちに一日目のバイトは終了の時間を迎えました。
ー長くなるので続きますー
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